(1)VRの普及は福祉現場でも
(グラフ:IDCのデータをもとにいろはにかいご編集部で作成)
VRと聞くと、ゲームやアトラクションを想像する方が多いかもしれませんが、福祉分野での導入も進められています。詳しくは以下で説明しますが、VRの特徴を踏まえると、福祉の分野と非常に相性がいいことが分かります。
ここでは福祉の中でも特に介護現場に着目し、VR導入により介護が必要な高齢者にどのような効果がもたらされるかということを実例をもとに紹介します。さらに、「試してみたい!」「導入したい!」という方向けにVRに関するサービスの利用方法も解説します。
「レクリエーションがマンネリ化してきた…」「利用者さんがなかなかリハビリに意欲を持ってくれない…」といった悩みをお持ちの介護福祉施設の職員さんはぜひVRの導入を検討してみてください。
(2)福祉VRの可能性
VRとはVirtual Reality(バーチャルリアリティー)の略で、日本語で「仮想現実」と訳されるものです。頭の動きと連動し視野に合わせた画像がディスプレイに映し出される特別な装置を使うことで、まるで本当に映像の中の世界にいるような感覚が得られます。
数年前までは値段が高額だったVR関連機材も、技術の進歩とともに安価に入手できるようになり、一般の人も手に取れるほど身近な存在となっています。VRの普及はあらゆる分野で進んでおり、福祉業界も例外ではありません。
例えば、VRを使い車椅子の移動シミュレーションができれば、実際に街に出る前に混雑した道の通行や障害物の回避を体験することができ、より実践的な練習を積むことができます。また、学習障害などによりお金の扱いが苦手な子どもにVRを使った買い物体験をさせるといった使い方も想定できます。
VRを福祉分野で応用すれば、安全に配慮した環境下で現実に起こりうる危険や課題を体験・克服することができます。また、VRによるシミュレーションに娯楽要素を加えることで、楽しみながらトレーニングやリハビリテーションを重ねることが可能になり、継続へのモチベーションにも繋がると考えられます。
(3)福祉VRの効果
VRを福祉の現場に応用し、高齢者に使ってもらうことにはどのようなメリットがあるか説明します。
リハビリにおける楽しさや快適さの向上
明星大学准教授、吉岡聖美氏が2018年に発表した論文「VRデバイスを活用したリハビリテーションプログラムの開発と評価」では、VRを用いた「立ち上がって空に描こう!」というリハビリテーションプログラムが通常のリハビリテーションに比べ活性度や快適度の点において優れているという研究結果が報告されています。
「立ち上がって空に描こう!」は同氏が開発した「Active Artリハビリテーションプログラム」の一種で、画像の変化によりリハビリテーションの動作を促し、運動量における達成度を作品の完成度としてフィードバックするものです。
具体的には、HMDを装着しながら立ち座りという上下運動をすることで視界の画像が変化し、徐々に鮮明な風景画像ができあがるという仕組みです。
論文では、上下運動という単調な動作を行う上で、VRを利用した同プログラムの活用がポジティブな気持ちや楽しさを増大させるとしています。また、完成させた風景画像を家族に見せることでコミュニケーションのきっかけとなったり、部屋に飾り眺めることで達成感を得られたりし、リハビリテーションへのモチベーションの維持に繋がるという効果も指摘しています。
(参考:吉岡聖美(2018)「VRデバイスを活用したリハビリテーションプログラムの開発と評価」)
注意力・実行力向上の可能性
2018年に日本認知心理学会で発表された研究結果では、VRを使った移動シミュレーションゲームが高齢者の注意機能や実行機能を向上させる可能性があることを示しています。
実験では80歳前後の高齢者11人を被験者とし、椅子に座った状態でHMDというVR体験のためのゴーグル型機器を装着し障害物を避けながら宝箱を探すというゲームをしています。
1回10分程度のゲームを週2回、合計6週間行ったところ、間違い探しなどにより注意力や処理速度を測るTMT-B(※)という指標で改善が見られたそうです。
サンプル数の少なさなどの課題は指摘されているものの、今後VRを高齢者のリハビリテーションに活用していく上で大きなヒントとなる結果であることは間違いありません。
※TMT-B…幅広い注意・ワーキングメモリ・空間的探索・処理速度・保続・衝動性などを総合的に測定できるTrail Making Test(トレイルメイキングテスト)の一種。
(参考:神田将寿,寺本渉(2018)「VRを用いた疑似的自己移動を伴うゲームが高齢者の認知機能に及ぼす影響」)
(4)福祉現場でのVRサービス利用の流れ
介護福祉施設で実際にVRを使用するときの流れは大まかに以下のとおりです。
- ヘッドマウントディスプレイ(HMD)の購入
- アプリのダウンロード
- アプリ内で好きなVR映像を探す
- HMDを頭に装着し福祉×VR体験開始
福祉VR体験に不可欠なヘッドマウントディスプレイ(HMD)やアプリについては、以下でくわしく説明します。
(5)福祉現場でのVR体験に不可欠なヘッドマウントディスプレイ(HMD)とは
VR映像を楽しむには、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)というゴーグル型の器材が必要です。
ヘッドマウントディスプレイ(HMD)とは
頭部に装着して目を覆うディスプレイ装置です。従来のディスプレイ(パソコンの画面や、映画館のスクリーンなど)では、映像を見るために人がディスプレイに目を向ける必要がありましたが、HMDでは人がどこを向いても映像が見られるようになっています。
ゲームセンターやレジャー施設に置いてあるHMDは本格的で高額なイメージがありますが、VRの普及により比較的手に取りやすい価格のものも増えています。
HMDは大まかに「単体でVRが見られるもの」と「単体ではVRが見られないもの」の2種類に分かれます。
まず、単体でVR体験ができるものから紹介します。
単体でVRが見られるHMD
Wi-Fi通信下であれば、HMD1台でVR映像が視聴できるタイプです。例として、価格や使用感の面で人気が高いOculus Goを紹介します。
Oculus Go(オキュラス・ゴー)
値段:32GBモデル 24,624円(※)64GBモデル 31,104円(※)
特徴:スマートフォンに「Oculusアプリ」をダウンロードし初回のセットアップを完了すれば、後はスマートフォンなど他の機器は使わずに1,000本以上の豊富なコンテンツを楽しめます。高解像度のパネルを使用しているため、美しい映像が見られます。専用のコントローラを使えば、操作も簡単です。
単体ではVRが見られないHMD
VR視聴のために、パソコンやゲーム機、スマートフォンなどが必要になるタイプです。スマートフォン用HMDの1つ、「Canbor」を例に紹介します。
Canbor(キャンバー)
値段:2,900円(※)
特徴:スマートフォンをヘッドセットにはめ込むことで簡単に充実したVR体験ができます。目に優しいレンズの使用や、頭に心地よくフィットする設計により快適にVRコンテンツを楽しむことができます。
ハコスコ
値段:700円(※)
特徴:ダンボールでできたパーツを組み立て、スマートフォンをセットするだけで手軽にVR体験ができます。価格が安く、面倒な設定が必要ないため、VRがどんなものか知りたいという方におすすめです。
※値段はAmazonを参考にしています。時期によって変動する可能性があります。
(6)福祉VR体験のためのおすすめ無料アプリ
介護福祉施設での利用に限らず、VR体験には映像やゲームなどのコンテンツが必要です。Oculus Goなど単体でVRが楽しめるHMDにはアプリケーションが備わっていますが、スマートフォン用のHMDを使用する場合、あらかじめスマートフォンに専用のアプリケーションをダウンロードしておく必要があります。
VR映像の視聴が可能なスマートフォンアプリをいくつか紹介します。福祉用途だけでなく、娯楽として楽しめるものばかりなので、ぜひダウンロードしてVR体験をしてみてください。
YouTube
値段:無料
特徴:今やすっかり娯楽の1つとして定着したYouTubeにも、さまざまなVR映像が投稿されています。「VR」と検索するだけで、世界中のあらゆる場所で撮影されたVR映像が見つかります。VRの没入感を最大限に活かしたホラー映像も多いので、心臓の弱い方は視聴の前に内容を確認しましょう。
Google Spotlight Stories
値段:無料
特徴:Google Spotlight Storiesはその名のとおり、Googleが提供するアプリケーションです。映画製作者など映像のプロが手掛けたアニメーション作品を配信しています。VR映像作品で初めてアカデミー賞にノミネートされた「Pearl」という作品が有名です。
アンドロイド向けGoogle Spotlight Storiesアプリはこちら
iPhone向けGoogle Spotlight Storiesアプリはこちら
ハコスコ
値段:無料(一部有料)
特徴:(5)のHMDでも紹介したハコスコのアプリケーションです。一部有料コンテンツもありますが、無料でも十分楽しめます。
他にも無料で使えるVRサービスはいくつかあり、特殊なカメラやパソコンを使えば自分で動画作成することもできます。
(7)VRの介護福祉施設での活用例
介護福祉施設でのVRの活用モデルをご紹介します。実際に導入したい方は参考にしてみてください。
レクリエーション
VRを使用したレクリエーションでは、VR旅行がおすすめです。紹介したアプリを使い、利用者さんの行きたい場所の映像を見せてあげましょう。
またその際、HMDにハコスコを使用することでみんなで行きたい場所について話し合いながらHMDを組み立てる作業が加わり、より長い時間楽しむことができます。
リハビリテーション
また、前述の「立ち上がって空に描こう!」というリハビリテーションプログラムは藤田保健衛生大学七栗記念病院にて研究が進められているようですが、こうしたプログラムが普及するにはまだ時間がかかりそうです。
確立したリハビリテーションプログラムを導入できなくても、レクリエーションでVR旅行をすることにより、リハビリへのモチベーションを高めることはできます。
対象は要介護度の低い高齢者に限られてしまいますが、VRで行きたい場所を見せてあげることで「ここに行けるように歩行のリハビリを頑張りましょう」などと高齢者の意欲を高められる可能性があります。
(8)VRを福祉現場で使う際の注意点
福祉現場で安全にVRを使ってもらうために、いくつかの注意点をおさえておきましょう。
高齢者に限らず、VR体験後に乗り物酔いに似たVR酔いを感じる方もいます。症状の例としては、次のものが挙げられます。
- 吐き気
- 胃のむかつき
- 頭痛
VRの使用で体調不良を訴える方がいたら、直ち使用を中止しましょう。
VR酔いを防止するには、安定感のある場所での使用が大切です。
また、短い時間での使用から始め、徐々にVR映像に慣れてもらうこともVR酔い防止に効果的です。
さらに、VRの使用では以下の2点に気をつけましょう。
- 体調不良・疲労時は使用しない
- 気持ち悪くなったらすぐに使用をやめる
VRを福祉の現場に導入する場合は安全に配慮し、事前に環境を整えてから使用しましょう。
(9)VRはハードルが高い…という介護福祉施設の方には
ここまでVRについて詳しく見てきましたが、まったく使ったことのない状況でVRをレクリエーションやリハビリテーションに活用するのは簡単なことではありません。
そこで、高齢者のリハビリへの意欲を高めるために、VRの導入以外に何ができるのか紹介します。
目標を明確にする
リハビリに意欲的でない方も、最初からやる気がなかったとは限りません。リハビリを続けるうちに、なかなか達成できない遠い目標にうんざりしてしまったり、リハビリの目的を忘れてしまったりすることがあります。
大きな目標だけでなく、日々の小さな目標をたてることで、リハビリ後に充実感が得られるように工夫しましょう。また、「~ができるようになったら〇〇に行きましょう」など、リハビリの成果が何に結びつくのか明確に示してあげることも大切です。
「できた」を認識してもらう
自分に厳しい方や、高い目標設定している方は「今日も~ができなかった」など、できなかったことに意識を向けてしまい、ネガティブな気持ちになることが少なくありません。
周囲の人が「今日は~ができるようになりましたね」などと些細なことでも「できた」に気づかせてあげることで、リハビリのやりがいが増します。
同じ目標を持つ仲間と一緒に行う
リハビリを一人で行っている場合、張り合いがなくつまらないと感じる方もいます。リハビリは同じような目標を持つグループで一緒に行うことで、飽きにくくなります。
状態が異なり、リハビリのプログラムが違う方同士でも「リハビリを頑張っている」という境遇は同じです。入所者同士が励ましあえるよう、リハビリの合間にコミュニケーションを取る時間をつくるといいかもしれません。
いつもとは違うエクササイズを取り入れる
リハビリをする箇所が体の中で限定的だと、動作も単調になりがちです。いつものエクササイズだけでなく、色々な動作を組み合わせて、リハビリ内容を充実させましょう。
また、リハビリだけではなくレクリエーションも取り入れて、高齢者が楽しめるメニュー作りを意識しましょう。
レクリエーションのネタにお困りの方はこちらの記事もあわせてお読みください。
(10)福祉VRで高齢者のQOL向上を目指そう
日本で2016年を「VR元年」と呼んでいることから分かるように、VRはごく最近広まった技術で、これからさらに身近な存在になっていくことが予想されます。
福祉業界、特に介護現場にVRが導入された事例はまだ少なく、VRが高齢者にもたらす効果についての研究も発展途上です。
しかし、「新しいもの」は多くの人を惹きつけます。高齢者の中にも新技術に積極的にふれてみたいという好奇心旺盛な方もいるはずです。
また、施設に入所している、また、デイサービスに通う高齢者にとって、リハビリやレクリエーションは1日の充実度を左右する重要なイベントとなり得ます。
リハビリやレクリエーションの時間をやりがいに満ちた楽しい時間にすることは、1日の質、ひいてはQOL(生活の質)の向上に繋がるのです。
VRを使ったリハビリやレクリエーションを通して高齢者のQOL向上を応援しましょう。