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老老介護から殺害にいたるケースも|孤立化をふせぐには周囲の支援が必要

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「老老介護」や「介護疲れ」から、殺害にまでいたる事件が相次いでいます。なかには、当事者自身が介護サービスの利用に否定的なケースも。新型コロナの影響で孤立が深刻化するなか、行政や周囲の積極的な支援が必要という声も上がっています。
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介護施設への入所をかたくなに拒む


出典:https://www.photo-ac.com/

高齢者が高齢者を介護する「老老介護」で、介護する相手を殺害してしまう事例が相次いでいます。

3月30日には東京都北区赤羽台で、84歳の姉を82歳の妹が殺害する事件が起こりました。

記事によると…

 警視庁赤羽署や近隣の住民らによると、姉妹は団地に約40年住んでいたが、近所付き合いはなく、親族とも疎遠だったという。4年前には1年間、デイサービスを利用。だが通所が困難になり利用をやめた。
 
 「2年ほど前から寝たきりだった。経済的にも苦しく、楽にしてあげたかった」。食事や排泄(はいせつ)の介護が必要な姉の世話を1人で担っていたとされる妹は、こう供述した。周囲から生活保護を活用した介護施設への入所を勧められたが、妹は「人様のお金で助けてもらいたくない」と、かたくなに拒んだという。

東京都内では、昨年11月以降から老老介護をめぐる殺人などが少なくとも4件起こっていますが、今回のように行政や周囲の支援を受けようとしないケースも少なくないといいます。

高齢者虐待の過半数が介護サービスを利用せず

こうした状況の背景に、以下のようなデータがあります。

 家族の介護負担を軽減するための「介護保険制度」が十分活用されていない実態も浮かぶ。厚生労働省によると、令和元年度、家族らから虐待を受けた高齢者は1万7427人(1万6928件)。このうち、68%が介護サービスを利用することが可能になる「要支援」や「介護」の認定を受けていた。
 
 虐待の要因では「介護疲れ・介護ストレス」が5割近く。同年度、家族らによる殺人、傷害致死、心中などの事件で15人が亡くなっている。被害者の半数以上は、介護サービスを利用していない高齢者だった。

現在は、新型コロナの影響で在宅介護者の孤立がますます深刻化しています。

これについて関係者は、当事者がみずから支援をもとめるとともに、周囲も積極的に介護者の状況を気にかけていく体制が必要だとうったえています。

(記事URL:「『老老介護』相次ぐ悲劇 追い込まれる当事者 新型コロナも追い打ちに」)

Twitterの反応

高齢者が介護疲れから旦那や妻を殺害するニュースとか有るけど老老介護は大変なんだよね。お金ある人は施設に入れれるけど無い人は介護するしか無くなり認知度が高いほど介護大変になるのに施設料金は高くなるって対策しない政府が悪いと思う。

— マットル(キナコドーナツ) (@Maakune38) March 27, 2021

もっと若い人でも介護は大変でくたびれるのに、80歳過ぎたお年寄りには無理だよね。もっと、低料金か無料の老人ホーム作らないと、殺人事件、安楽死事件増えていくと思う。

— メラ猫 (@m2nc) March 21, 2021

長年連れ添った伴侶や家族を殺してしまう程の“孤立化”と“追い込まれ”には、こまめで丁寧な「第三者の介入」が確実に必要。
そして、頑なな心が氷解するには時間が必要。
それには人手が必要。
今は足りないものが多過ぎるのです。

— 覇勢川 (@henri_hasegawa) April 29, 2021

これ、言ってきた人にしか補助金とか手段を教えない行政の問題かも?
高齢者がどこにいるとか無職とかってのはわかるんだから、こういうサポートがありますよとか、家庭訪問して確認するとかできないもんかなぁ https://t.co/5XkNRF0sgJ

— さかぴぃ   ⛅  (@sakappengin) March 21, 2021

ネットの意見

2000年に介護保険が制定されて以降、介護は社会的なものになった。
民間のサービスを活用する事で、介護はプロで、愛は家族で、という役割分担が進んだ事は間違いない。
 
しかし、それを超える高齢化の波と、人手不足、財源不足で、課題は解決しないまま、2025年問題(団塊の世代が後期高齢者=75歳以上に達する)を迎えようとしている。
少子化によって支え手が減って、高齢者が増大する中では、健康寿命を伸ばす、若い外国人を受け入れる、IT化で効率化する、の三つが必要。
 
また、介護技術を国民全体に普及させる事も重要。自分の力をなるべく使うための自立支援ケアで低下をさせないようにする。
 
老老介護の後に待つのは独居。社会エンジニアリングで、つながりを保つ事が大事。SNSも含めた高齢者と多世代でつながる仕組みを強化すべきだと思う。

他者に助けを求めたり、
介護を受けることが恥ずかしいと感じる人がいても、
人の世話になる=恥という信条理念は、生きていくうえで大切なことで、安全に生きるために自分の弱いところを周りに知られないように暮らすことは理にかなっていると思います。
支援者は支援者にあらず。支援のベクトルは、当事者へ一方的に向けられるものではなく、介護は相互作用でなので、これらを共有していくことが社会に必要なことだと思います。

介護と言われても初めは戸惑うことが多い。
 
親父の脳出血、
先生や看護師さんのやり取りから始まり、
手続き、市役所に行って始める?
ケアマネジャー、言葉では聞いてたけど
デイサービス?ヘルパーさん?訪問看護師さん?
介護用品?
 
少し経ってからお袋のパーキンソン病の発覚。
2回目は早く進む手続き。
 
それから9年。
今はお袋の経験から葬儀の流れがわかる。
 
自分の周りでも介護と聞くことが増えてきた。

老老介護になってしまうのは人口構成上、仕方がない。
介護費だけでも年間5000億円の伸びがあり、お金をかけて人を増やして支えていくことには無理がある。
介護で疲弊しない仕組みを。介護をしやすい医療介入の指針を定めることや、ロボット介護などテクノロジーで支える以外に解答はないのではないか。

まとめ

老老介護や介護疲れによる殺害の背景に、当事者が必要以上に負担を抱え込みすぎるという構図があることが明らかになりました。

これについては、現状で利用できる支援はしっかり受けていくべきと個々に説得していくことも必要でしょう。ただし、個人の意識や価値観をそれだけで変えていくことはとても難しいことです。

それを自然に受け入れやすくするように、社会全体で介護サービスの利用は当たり前と思えるような空気を醸成し、またアナウンスしていくことが大切になるのではないでしょうか。

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