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(1)ベーシックインカムの意味とメリット・デメリット
一切の条件なしに、全国民に対し一律に、最低限の生活費を保障するための現金を給付する仕組みのことを、ベーシックインカムといいます。
この、ベーシックインカムと呼ばれる制度は、日本においてはまだ導入されていません。
現行の日本の社会保障制度は何らかの支給条件に合致してはじめて給付されることになっていますが、ベーシックインカムでは全ての人が無条件で平等に給付を受けられることから、このベーシックインカム制度の導入を望む声は少なくありません。
そもそもなぜこのような話になったかと言えば、ロボットやAI(人工知能)の技術の発達が背景にあります。
それほど遠くない未来に、単純な労働だけでなく、ある程度の高度な専門的職業まで、これらロボットやAIによって代替されると予想されているのです。
そうなると、今までその仕事を担ってきた人間が不要になり、大量に失業者が発生してしまいます。
実際、AIが人間の知能指数を超え、多くの失業者が生まれるという「シンギュラリティ」のタイミングは、2045年にも到来すると言われています。そのような事態に対応するため、現実的な解決策としてベーシックインカムが世界の各国では真剣に検討されています。
ベーシックインカムという、この夢のような社会制度にも、当然メリットとデメリットがあります。まずはそのメリットとデメリットについて、それぞれ簡単に説明していきます。
ベーシックインカム導入のメリット① 働きたい人や余剰所得が欲しい人だけ働けばよくなる
これが、ベーシックインカムに関して一般的に指摘されるメリットのうち、真っ先に挙げられるものでしょう。ベーシックインカムが導入されれば、すべての人々は生活費のために苛酷な労働条件で働き続ける必要性がなくなります。
生活に必要なお金を得るためだけでなく仕事がしたい、という人々や、ベーシックインカムで支給される以上のお金が必要になる人々以外の人は、その全員が「働くこと」から解放されるのです。
この派生的な影響として、当然つらい思いをしてまで会社にしがみつく必要がなくなるのですから、いわゆる「ブラック企業」のような、お金を盾に劣悪な労働環境を提供している企業は淘汰されると予想されます。
要は、「お金の貧困」から解放されるようになる、ということです。
ベーシックインカム導入のメリット② 自分の好きなことだけをやって生きていくことが可能になる
生活費を稼ぐための労働に時間を費やす必要がなくなりますから、その時間で自分の好きなことができるようになります。
例えば、音楽やスポーツが趣味であっても、例えばプロの選手になって、生涯その趣味だけでお金を稼いでいくことができる人はほんの一握りです。
しかし、ベーシックインカムがあれば、趣味としてそれをずっと続けていけるようになるのです。研究や学問をしたい人にとっても夢のような話でしょう。
働き続けてようやく退職したときにはもう年老いていて、人生でやりたいことはほとんどできなかった、というようなことがなくなります。
こちらは「時間の貧困」や「心の貧困」からの解放といえます。
上記で挙げたベーシックインカムのメリットを見ると、いいことばかりのようにも感じられるベーシックインカムですが、実はあまり指摘されることのないデメリットも存在するのです。
ベーシックインカム導入のデメリット① 働く人がいなくなる?
ばら撒きの当然の結果のようにも思えます。働かなくても生きていけるのなら、労働意欲が減退し、「社会のために貢献しよう」といった考えを持つ人が少なくなっていってしまう可能性があります。
その結果、社会に必要不可欠な「水」「電気」といった公共サービスのオペレーションをする人が減っていく、といったケースも考えられるのです。
ベーシックインカム導入のデメリット② 財源の確保が難しい
そもそも、ベーシックインカムを国の制度として確立するための、財源(税収)を中心にした国家財政の仕組みづくりの問題も存在します。
仮にベーシックインカム制度が開始されても、その制度を支えるために増税された結果、ベーシックインカムだけでは生活できなくなる、などということになったらまさに本末転倒です。
また、既存のシステムを大きく変えることになるため、既得権者の抵抗も予想されます。ベーシックインカム導入の影響で税制などが変われば、損をする側の人もいるからです。
この点について、以下、本記事で詳しく述べていきます。
(2)ベーシックインカムにはどのくらいの財源が必要なのか
実際に日本でベーシックインカムを導入するとしたら、いったいどのくらいの財源が必要になるのでしょうか。
老若男女問わず日本の全国民に、1ヶ月に10万円を支給するとします(10万円という金額は、計算のしやすさと、基礎年金が月額約6万5千円であることを考慮して仮に設定しました)。
このとき、年間では以下の財源が必要になります。
1億2千万人 X 10万円 X 12ヶ月 = 144兆円 |
支給対象を18歳以上に限定するなどして、対象人数が1億人になったとすれば、120兆円。
1億2千万人のままで月額を8万円にすれば、115.2兆円となります。
きわめてかんたんな試算でしたが、年間あたり100兆円以上の規模になりそうです。
この膨大な金額の財源を確保していくには、どんな方法があるのでしょうか。
考えられる方法としては、以下で詳しく説明する
「所得税の税率を上げる」「ベーシックインカムによって代替される社会保障サービスの費用を削る」の2つが挙げられます。
(3)考えられる財源確保の方法① 「所得税の税率を上げる」
まず、所得税の税率を上げることを考えてみましょう。
所得税は現在の日本において主要な税の一つです。
現在、日本ではこの所得税に関して、「超過累進課税方式」という方式を採用しており、5%から45%の範囲で、ある境界の金額を所得金額が1円でも超過すると、税率が階段状に上がるというしくみになっています。
ここで、あくまで例としてこの所得税から得られる税収を上げるため、累進課税でなく、所得額に一律40%の税率をかけたとします。
このとき、年間で140兆円ほどの税収が見込まれるようです。ベーシックインカムに必要な財源の確保は数字上は可能となります。
2019年9月現在の所得税の税率
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円を超え 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円を超え 695万円以下 | 20% | 427,500円 |
695万円を超え 900万円以下 | 23% | 636,000円 |
900万円を超え 1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
1,800万円を超え4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
(※参考:国税庁『No.2260 所得税の税率』)
(4)所得税の税率を上げた場合のシミュレーション
では、所得税の税率を一律で40%に設定した場合のシミュレーションをしてみましょう。
ここでは、ベーシックインカム以外の所得に対して一律40%の所得税率がかかり、ベーシックインカムは毎月10万円(年額120万円)とします。
その際、それぞれのケースで、ベーシックインカムが導入されることで、現行の所得税制度(※税率については本記事(3)を参照)と比べ、「得をするのか」「損をするのか」を見ていきましょう。
計算方法
現行の所得税を適用した 手取り額計算 |
所得税は下記のように計算します。 ①給与所得 - 給与所得控除 = 所得金額 ②所得金額 - 所得控除 = 課税所得金額 ③課税所得金額 × 所得税率 =所得税額 (さらに復興特別所得税2.1%も課税されます。) |
ベーシックインカム導入を想定した 手取り額計算 |
年収 X (1 - 0.4)+ 120万円 = 手取り額(ベーシックインカム適用) |
年収 | 手取り額(現行の所得税適用) |
手取り額(ベーシックインカム適用) |
---|---|---|
150万円 | 1,22万6,740円 |
210万円(年収よりも高額) |
200万円 |
1,60万2,852円 | 240万円(年収よりも高額) |
300万円 | 2,35万8,188円 |
300万円(年収と同額) |
400万円 | 3,12万2,492円 |
360万円 |
500万円 | 3,87万3,564円 |
420万円 |
600万円 | 4,58万1,300円 |
480万円 |
700万円 | 5,24万5,348円 |
540万円 |
800万円 | 5,90万3,664円 |
600万円 |
900万円 | 6,59万4,196円 |
660万円 |
1000万円 | 7,27万9,940円 |
720万円 |
5000万円 | 27,57万3,148円 |
3120万円 |
表のとおり、年間所得が300万円を超えると、手取りが減り始めます。年間所得1000万円や1億円のようなケースでは、減少額がもっと大きくなります。
これは、所得税率40%というのが、現行の累進課税方式でも1800万円超から4000万円以下の高額所得者にかけられるようなとても高い税率であることからも当然に予想される結果です。
ただ、4000万円超の場合の税率が最高の45%ですので、この超高額所得層の人たちにとっては所得税減税となります。
所得税の税率を一律で40%に設定した場合、「低所得層のみが得をし、中所得層から高所得層にとっては損をする」と言えそうです。
ベーシックインカムの財源は確保できますが、損をする人たちの不満は大きいでしょう。
(5)考えられる財源確保の方法② 「ベーシックインカムによって代替される社会保障サービスの費用を削る」
財源確保の方法の2つ目として、ベーシックインカム制度の導入によって代替されうる社会保障サービスの費用を削ることが考えられます。
代替されうる社会保障サービスとして、以下のようなものが候補になります。
各種年金
年金には、国民年金と共済年金、厚生年金があります。
いずれも、現役時代に納めた金額によって、老後ある年齢以上になったときに毎月一定の年金を受給するしくみです。
これはまさにベーシックインカムで代替できる部分です。
雇用保険
雇用保険は、退職や解雇、介護や子育てで失業したとき、短期間ですがある程度の金額を受給できるしくみです。
これも、ベーシックインカムがあれば不要であり、代替できます。
生活保護
生活保護は、何らかの事情で生活していくのが困難な方にお金を支給する制度です。生活保護を国民全員に支給する制度である、ということもできるベーシックインカムが導入されれば、当然この生活保護の制度は不要になります。
児童手当
児童手当は、児童の養育に伴う家計負担の軽減のために支給される手当です。
ベーシックインカムは成人だけでなく子供に対しても一律に支給されるため、これも必要なくなります。
さらに、現在の多種多様で複雑な社会保障の仕組みが、無審査でシンプルなベーシックインカム制度に一元化されれば、行政コストの大幅な削減も期待できます。
これらの社会保障にかかる費用を積み上げていけば、ベーシックインカムを実現可能な財源を確保できそうです。
(6)考えられる財源確保の方法①が引き起こす可能性のある弊害
方法①の所得税の税率を上げる方法には、弊害が考えられます。
ベーシックインカム導入のため、ある1つの国家が高い法人税率を設定したり、高額所得者や富裕層に課税したりするとどうなるかを考えれば、これは容易に想像できます。
その国の企業や高額所得人材は、もっと税金の安い国に移住してしまうでしょう。
または、タックスヘイブンを使うなどの税金対策をしてしまう可能性もあります。
所得税をベーシックインカムの財源とした場合、一人の高額納税者がいなくなることは、数十人、数百人、場合によっては数千人分以上のベーシックインカムの財源を失うことを意味します。
(7)考えられる財源確保の方法②が引き起こす可能性のある弊害
次に挙げた、社会保障を削る方法にも、弊害が考えられます。
複雑化した既存の社会保障制度からベーシックインカム制度になり、行政コストが削減されれば、多くの公務員が解雇されるでしょう。
ベーシックインカムがあれば解雇されても一応生活はできるわけですが、失職による収入減は確実であり、大きな抵抗が予想されます。
また、一般に共済年金や厚生年金では、ベーシックインカムの月額以上のお金が支給されています。
年金が唯一の収入源で、年齢的に働いて収入を得るのが難しい高齢者層にとっては、ベーシックインカムが導入されるとかなりの損失が確定されてしまいます。
ここでも大きな抵抗が予想されます。
(8)ベーシックインカムの財源確保のため、消費税率を上げるべきという意見も
ベーシックインカムの導入は、税収の中心が「所得」から「消費」に変わることを意味する、という人もいます。
労働をロボットやAIが担うようになれば、人々の活動の中心は消費に移る、という考え方に基づきます。
しかし、消費税率が上がれば、実質的にベーシックインカムの支給額が目減りし、ベーシックインカムだけでは生活していけなくなるおそれがあります。
例えば消費税率が50%になったとすれば、他に税金がなかったとしても、ベーシックインカム支給額の3分の2までしか使えなくなってしまうのです。
ベーシックインカムを担う財源確保のために支給されたベーシックインカムから徴税されるとしたら、まるで自分の足を食べるタコです。
(9)ベーシックインカムの試験的導入国の実例
世界にはすでに社会実験として試験的にベーシックインカムを導入した国があります。
それらの国々では、いったいどんな結果が見られたのでしょうか。
例1:フィンランド
北欧のフィンランドでは、無作為に選ばれた被験者(失業者)2000人に対し、2017年の1月1日から2018年末までの2年間、月額およそ600ドル(日本円で7万円程度)を支給するという、ベーシックインカムの試験導入が行われました。
実験開始から数か月後には、多くのプラス効果が見られました。
- シングルマザーが貧困から抜け出せた、
- 失業者が思い切って起業できた
- 自由な時間が増えた
- QOL(生活の質)が向上した
例2:カナダ
北米のカナダでは、1970年代にいちはやく導入実験が行われたことがあります。
実験の結果、犯罪率や子供の死亡率、家庭内暴力件数が減少、精神疾患の減少や病院の入院期間の短縮、というプラス効果が見られました。
また、2017年4月から3年間、オンタリオ州の18から64歳の低所得者4000人を対象に、単身者には約17,000カナダドル(約139万円)、夫婦で最高24,000カナダドル(約196万円)を支給する実験が行われます。
例3:ナミビア
アフリカのナミビアでは、2009年に「UBI(Universal Basic Income)パイロットプロジェクト」が行われました。
導入1年後には、犯罪率が36%、貧困率が18%、失業率が15%低下し、所得の水準は29%上昇したそうです。また、学校に出席する子供も増えたことが報告されています。
低所得層の貧困のレベルがある程度改善したことによると考えられています。
その他の国
ベーシックインカムは、オランダでも社会実験が行われ、ケニア、ウガンダ、インド、ブラジルで導入が検討されています。
先進国も途上国も、世界中の国々で導入が検討されており、実際に実験を行った国ではポジティブな手ごたえがあるようです。
ただ、外国で効果があったからといって、日本でも同様の効果が期待できるとはかぎりません。
(10)ベーシックインカムとその財源などについてのまとめ
ベーシックインカムと、主にその財源について見てきました。
ベーシックインカムは、「働かざるもの食うべからず」という、社会的に共有されている価値観に大きな変化をもたらす制度です。
ベーシックインカムには多くのメリットもありますが、この制度を実現するための財源確保に関しては現状では課題があると言わざるを得ません。
導入の検討や試験実施を行っていくとしても、本格的な導入はまだまだ先の話になりそうです。
まずは現行の社会保障サービスについてよく知り、利用可能なものをもれなく利用していくようにしましょう。