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【体験談】東日本大震災と高齢者施設 ー 介護施設に求められる「備え」とは?

介護士
東北地方を襲った311大地震。その被害は介護施設も例外ではなく、当時の介護現場は混乱を極めたという。今回はゲストからの寄稿で当時の介護施設の状況と教訓を振り返り、介護施設に求められる「備え」について考える。   311大地震からの教訓 2011年3月11日。被害は比較的少なかった筆者の勤務する高齢者施設でも、この日から大変な日々が始まった。 津波もこなかったし、建物が崩れたわけでもないが、その小さな施設を維持するために、まだ保育園児だった子供を祖父母に任せ、施設に寝泊まりした日々。 今回は、この体験で得たものの中から、他の施設でも活かせるだろうエピソードをピックアップした。  
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日頃の備え、どこまで

食料に関して言えば、自治体からの支給はあまり望めない。自治体を責めている訳ではなく、大災害の時は、行政も混乱するからだ。自分達の身は自分達で、と考えていた方がいい。

実際3日後に自治体からきた支援物資は「柿の種」だった。年寄りが食えるしろものではない。避難所への支給で手一杯だったのだろう。

さらに、「もう支援物資はいらない。他に困っている施設へ回して」と連絡しても、必要ない物資が届く、といったことが続いた。

高齢者施設の備えとして必要なのは、よく言われる3日分の食料と水。これは最低限の備えだ。

小規模な施設では、場所の確保が難しいといったことがあるが、備品庫を整理すれば何とか置くことができる量だ。

他に、電気やガスといったライフラインがストップした場合を想定して、反射板式の暖房器具やカセットコンロの類も必要だ。

施設の食事を委託している場合は、委託先との詳細を詰めておこう。自前の厨房であれば備えの食料と水を増やすしかない。

施設に往診に来て下さる医師とも、決めごとを作っておこう。薬の確保は重要な課題だ。透析患者がいる場合は、通院先との連携も必要となる。

マニュアルと訓練

マニュアルなんて、実際は役に立たない...。災害を実感した人の中には、そう感じる人もいるかもしれない。災害は千差万別、その渦中にあっては、マニュアルどころじゃなく、臨機応変の連続となる。

しかし、臨機応変に立ち回るためには、基本が必要だ。職員の頭の中に基本があってこそ、災害という緊急事態にあっても臨機応変に動けるのだ。

火災時の避難マニュアルは、恐らくどこの施設でも作成しており、避難訓練も実施されていることだろう。マニュアルには、救護班・誘導班・連絡班などに分かれ、職員が担当制となっている。

では、地震や水害はどうか。まだマニュアルの整備が推奨されているにとどまり、義務付けられてはいない。施設の種別によっても温度差はあるようだ。

未曾有の大災害が各地で発生するいま、さまざまな災害に対するマニュアル整備を進める必要がある。その作業の中で、災害時における自施設の状況をイメージすることが、とても重要な行為なのだ。

利用者へのケア・職員へのケア・家族へのケア

利用者へのケア

日常よりケアを必要とする方々である。災害時にはさらなるケアが必要となる。避難所へ移らず、施設での生活を続けることも多いだろう。

例えば余震に備えてリビングで集団雑魚寝、といった際は、二次的な事故に注意が必要だ。環境を整え、なるべくご利用者を安心させるような関わりを心掛けよう。 オムツ交換の際は、ついたてを立てるなどプライバシーは確保したい。

またいつ大きな地震が来るか分からない状況では、とにかく集団で過ごすことが大切となる。 二次的な事故といえば、普段の食事が出せないことでの誤嚥や、免疫が低下することで感染症の発生も予想される。

テレビで不安なニュースばかり流していると、認知症患者は不穏になりやすい。 不自由な生活のなかで、さらに細かな配慮が必要となる。

家族のケア

預けている親のことが心配でも、道路事情や余震が不安で来れない。電話は不通。続く余震のなか、ご家族はさぞご不安だったろうと思う。

災害伝言ダイヤルに全員無事との伝言を残し、その後も毎日定時に近況を入れるようにした。 それは、懇親会やお便りなどでも「災害時には伝言ダイヤルを活用」と以前からお知らせしていたことだった。

のちに、それを聞いても不安だった、というご家族の声を頂き、やはり信頼関係を築いていくしかない、と強く感じた。

連絡も取れず、見に行くこともままならない災害下では、日頃の関係性がものをいう。「あそこなら大丈夫、何とかしてくれている」という安心を、日頃のケアの姿勢から見てもらうしかないのだ。

また電話が通じるようになると、特に遠方からの電話が殺到。遠い親戚の方からの安否確認に振り回された。いくら親戚と名乗っているとはいえ、個人情報をやすやすと伝えることもはばかられる。

通常ならご家族に取れる確認も今は取れない。全員無事です、といったことしか伝えられないことに不満を持たれたようだ。自粛、という言葉が何度も頭をかすめた。

職員へのケア

職員もまた被災者。東日本大震災では、ライフラインの復旧の遅れや長引く物資不足で、最初は気力で頑張っていた職員も、次々と疲弊していった。

さらに個別の事情が異なることが、問題だった。 まるで被害のない、ライフラインもすぐに復旧した地区もあれば、ガスも水道もなかなか復旧しない、といった地区が隣り合わせにあった。

毎日のように普通に風呂に入れる職員もいれば、何日も入れずにいる職員もいた。それぞれの個人的な背景を考慮する必要があった。

ガソリンスタンドは開けば長蛇の列で、入れるのに半日かかった。何とかして仕事に来るのがプロだが、この時ばかりはそう言ってもいられない。

職員のほとんどが車通勤のため、ガソリンの残量を申告させ、ガソリンスタンドが開いた、と情報が入れば、勤務中に交代で並んだ。

コンビニ弁当で済ませることが多い若い職員は、出来合いの食事が手に入らず、常におなかをすかせていた。

そうした生活力の低い子たちが一番苦労しただろう。 食料品を買うのにも並ばなければならなかったため、食料の調達が出来るよう、シフトを組みなおした。

職場に炊飯釜を持ち込んで職員のために塩むすびを作ったり、 救援物資でご利用者が食べられないものは職員皆で分け合ったり、と協力しあった。心のケアの前に、こうした実質的なケアを組織として行うことが必要だ。

まとめ

4月の熊本地震。8月末に起こった岩手グループホームの水害。全国の高齢者施設関係者は、それを他人事ではなく、身に迫る危機として感じていただろう。

自分の施設はどうか、同じようなことが起こったとき、大丈夫か。 東日本大震災も含め、それは、悲しい大変な出来事であるけれど、これからの災害対策を考えるにあたっては、貴重な経験だ。

この悲しい経験を糧に、教訓に、より安全な施設運営を目指してほしい。

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